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ニュース / ブログ

2018.1.13

安井家十五代目が語る伏見界隈(1)


なごや栄二丁目新聞社

この記事は、2015年7月6日(創刊号)に掲載された記事です。

伏見の不思議

伏見の交差点、伏見駅、伏見通はあるが、伏見という町名は無い。

伏見駅は中区錦二丁目。広小路をはさんで北側は錦、南側は栄。名古屋の城下町は、家康の命令で、清須から町ぐるみ移転して造られた。これを清須越えという。1615年にはほぼ完了したので、丁度四百年になる。それを発案したのは徳川家康。家康はそれまでの戦重視の築城の常識を破って、城のすぐ南に町人街を造った。

伏見の町名の由来は清須越以前、京都の伏見から来た六兵衛という商人が住んでいたからとか。ところが、江戸時代の町名は淀町。伏見町となったのは明治10年。そして昭和41年に丸の内と錦に町名変更され、駅名と伏見通と交差点名だけが残った。

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※安井家は江戸末期まで泥江縣 神社(錦一丁目)の神職を務めた家系です。健郎氏は十五代目。

執筆:十五代目 安井 健郎
編集:牧原 一路