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安井家十五代目が語る伏見界隈(2)

伏見界隈(2)

この記事は、2015年7月13日(第2号)に掲載された記事です。

外堀の外でも丸の内

丸の内といえば、一般には内堀の中に侍屋敷を指すが、昭和四一年の町名変更の際、外堀の外なのに、なぜか「丸の内」という町名になった。

ここ城のすぐ南の一等地は、清洲越しの時から町人街として、碁盤割で造られた。

それを発案したのは徳川家康。家康はそれまでの戦重視の築城の常識を破って、城のすぐ南に町人街を造った。

ここには、名古屋茶屋中島家や松坂屋の創業者伊藤家といった豪商が居を構え、料亭や芸妓屋ができ、たいそうな賑わ だったそうな。今は住宅街にマンションとオフィスビルが混在する静かな町並みとなっている。

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※安井家は江戸末期まで泥江縣 神社(錦一丁目)の神職を務めた家系です。健郎氏は十五代目。

執筆:十五代目 安井 健郎
編集:牧原 一路